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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)1361号 判決

上告人

坂田昇治

上告人

坂田美佐代

右両名訴訟代理人

真砂泰三

外二名

被上告人

右代表者法務大臣

倉石忠雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人真砂泰三、同中川雅章、西川悠紀子の上告理由について

本件につき適用される昭和四五年法律第四六号による改正前の自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)が、自動車保有者の損害賠償責任を定めるとともに、右保有者に対し原則として自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)に加入することを義務づけることにしたほか、更に、政府をして自動車損害賠償保障事業(以下「保障事業」という。)を行わせることにしたのは、同法一条の掲げる目的及び同法五章の規定の趣旨を総合してみると、交通事故による被害者をおしなべて救済するという社会的要請に基づき自賠責保険を中核とする制度を設けることにしたが、そのような保険の制度によつては、自動車の保有者が明らかでないため保有者に対し責任の追及をすることができないとき、あるいは、自動車の保有者が明らかであつても、保有者が自賠責保険に加入していないか、又は加入していても事故につき被保険者とならないときにおけるような、保険の制度になじまない特殊の場合における被害者を救済することができないので、等しく交通事故の被害者でありながら自賠責保険によつては全く救済を受けることができない者が生じるのは適当でないとして、社会保障政策上の見地から特に、とりあえず政府において被害者に対し損害賠償義務者に代わり損害の填補をすることによつて、上記のような特殊の場合の被害者を救済することにするためであつた、と考えられる。政府が行う保障事業の制度目的が叙上のとおりであることにかんがみると、政府の保障事業による救済は、他の手段によつては救済を受けることができない交通事故の被害者に対し、最終的に最小限度の救済を与える趣旨のものであると解するのが相当であり、したがつて、自賠法七二条一項により政府の保障事業に対して被害者がする保障金の請求は、複数の自動車の運行によつて生命又は身体が害されるに至つた共同不法行為の場合についていうと、全加害車の保有者が明らかでないが、又はそのなかに保有者の明らかなものがあつても当該保有者が自賠責保険に加入していないか若しくは加入していても事故につき被保険者となるべき者でないため、被害者が自賠責保険から損害の填補を受けることができないときにおいて、することができるのであつて、複数の加害車の保有者のうち一名だけでも明らかであり、かつ、同人が自賠責保険に加入していて事故につき被保険者となるべき者であるため、同人の加入している自賠責保険から損害の填補を受けることができるときにおいては、することができない、と解するのが相当である。

これを本件についてみるのに、原審の確定した事実によれば、上告人らの子勝美は、昭和四五年七月一九日植田住宅産業株式会社が保有しその被用者である長尾清治が運転する普通乗用自動車の運行と、事故後逃走したため保有者、運転者ともに明らかでない貨物自動車の運行とによる、共同加害の結果死亡するに至つたものであり、上告人らは、右貨物自動車の保有者に対しては自賠法三条の規定による損害賠償の請求をすることができないが、右普通自動車の保有者である右会社が富士火災海上保険株式会社との間に締結していた自賠責保険から右事故につき加害者を右長尾とする保険金五〇〇万円を受領した、というのであるから、さきに説示したところに照らせば、上告人らは、政府が行う保障事業に対する保障金請求権を有するものではないといわなければならない。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(高辻正己 江里口清雄 環昌一 横井大三)

上告代理人真砂泰三、同中川雅章、同西川悠紀子の上告理由

一、控訴審判決は、自動車損害賠償補償法の解釈を誤つている。

二、本件の争点は、行方不明車両と、長尾車両との共同加害事件において、長尾車両の自賠保険金しか出ないか、あるいは長尾車両と国からの両方の保険金が出るかどうかである。

三、共同加害行為の場合、(双方とも行方不明でない場合)、双方の保険会社から保険金が出る。このことは控訴人、被控訴人とも当然のことと考えている。

四、一台の車による加害行為で、その車の保有者が明らかでない場合、政府の保障事業で国から保険金が出る。

五、共同加害で、一台が保有者がわかり、一台が保有者が明らかでない場合(行方不明の場合)何故片方の車(保有者がわかる車。)だけしかでないのか。

即ち、保険会社からだけ保険金が出て、政府の保障事業から保険金が出ないのか。

自動車損害賠償保障法には条文上の根拠がない。又、制度の目的から考えて行方不明車とそうでない車を区別する合理的根拠が全くない。

六、控訴審判決は、自賠法七二条一項前段の規定は、保険とはことなつた高度な社会保障政策に基いて設けられたものであり、他の手段によつて損害の填補をえられない交通事故の被害者に最低限度の保障をする趣旨だとされる。しかし最低限度の保障だとする条文上の根拠は何らなく被害者にとつて、ひき逃げされた車にひかれる場合と、ひき逃げしないで、加害者がすぐにわかつた場合によつておりる保険金がちがうというのは不合理である。

さらに控訴審は社会保険給付をうけられる時は、まずこれをうけ、これがない時にはじめて政府保障の保険金がうけられるという自賠法七三条一項を理由としている。

通常の共同加害の時に、七三条一項に該当する規定はない。しかしその場合も健康保険、労災保険から支出した金額は自賠保険に求償しているから結論としては全く政府保障と同じである。

七、控訴審判決は「複数車両による事故の被害者を単一車両による事故の被害者よりも厚く保護すべき実質的理由はない」としている。

しかし保険金についていえば複数車両による被害者が厚く保護されているのが実情である。車ごとに保険がかかつているからその保険金が出されるべきだという考えである。

八、結局、共同加害について行方不明車がある場合と、そうでない場合とで、区別する法律上の根拠もなく、区別すべき合理的な理由もないのである。

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